昭和産業株式会社

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キャリアインタビュー

一人ひとり個性があるように、昭和産業でのキャリアは多様性に満ちています。

入社当時の自己紹介
前島義人

何事にも手を抜かず、前向きに取り組む

ほかの開発部門の同期とは違って神戸に配属されることがわかった時は、かなりショックを受けました。でも神戸での6年間がなければ、私の開発者人生はもっと違ったものになっていたかも知れません。たくさんの先輩方から、開発に必要な技術だけでなく、お客様との接し方や社内対応の進め方などについて指導を受け、人間的にも大きく成長できたと感じているからです。

何事も手を抜かず、できることは自分でやる。そして、できない理由を並べるのではなく、できるようにするためにはどう行動すべきか。前向きに考えることが大切なことも、仕事を通じて学びました。

いま一番の目標は、ほかのグループや部署から頼りにされるような人材を育てることです。技術的に優れているのはもちろん、お客様から信頼されるような技術者をどうやったら育てられるか。仕組み作りから関わっていくつもりです。「お客様のために仕事をする」。それが僕のモットーですから。

われわれの時代は同期入社が50名程度もいたので、全国で大勢の仲間が活躍しています。頻繁に顔を合わす人もいれば、数年に1度しか顔を合わさない人もいますが、自分が普段関わらない部署であっても同期がいるだけで心強いものです。離れていてもスムーズに事が運んだり、遠慮することなく話ができたりするのは同期ならではの特権かも知れませんね。

Career2 入社当時の自己紹介
伊藤由佳理

キャリアの回り道は、無駄ではありません

入社から6年後、仕事が面白くなってきたこれからというタイミングで出産することになり、悩んだ結果、会社を辞めることを選択しました。それから4年経ち、そろそろ仕事を再開したいと思っていたタイミングで、当時、人事部で制度を担当していた同期の赤松さんから「退職した社員を再雇用する『カムバック制度』ができた」という連絡が入り、私は、もう一度昭和産業で働くことを決めました。それが、私にとって大きな転機になりました。

復帰後は基盤技術研究所の特許・管理室に配属され、育児短時間勤務制度を利用させてもらいながら、総務業務を担当しました。いまは、基盤技術研究所の知的財産室で、商標の調査、登録、管理業務を担当し、日々、様々な部署と関わっています。これまでの経験を振り返ってみて改めて感じるのは、多少回り道をしたり当初のイメージと違ったキャリアを歩んでいるとしても、諦めてはいけないということ。組織で働いている以上、ひとりで完結する仕事は限られています。常に誰かに支えられているからこそ、物事が進み、そこから新たな道が開けるのではないでしょうか。これからも関わる人への感謝の気持ちを忘れずに、自分にしかできない仕事を模索し続けたいと思っています。

私の場合、一度退職しているので、復職後、困ったときはその都度、同期に助けてもらいました。いまでも同期同士で愚痴をいい合ったり、仕事で自分の考え方を見直したい時、管理職になった同期に、マネジメントの立場からアドバイスをもらうこともあります。所属や立場は違っても同期は同期。精神的に支えられているんです。

career3 入社当時の自己紹介
堀晋眞二

知識で勝てなければ、知恵で勝負する

入社7年目に、食品事業本部食品販売課(当時)での家庭用製品の営業から営業企画部マーケティング課に移り、9年目からは、営業企画部営業推進課において、主に油脂部の採算管理業務や全社予算の管理などの業務に携わりました。その後、現在の油脂部油脂業務課に異動になり、原料購入業務や操業計画、事業戦略の策定などを行っています。異動するたび、まったく異なる事業や業務を担当することになり、変化に富んだキャリアだったと思います。

まったく経験のない業務に携わる中で学んだのは「知識で勝てなければ、知恵で勝負する」ということ。未知の領域を前にすると人は萎縮してしまいがちですが、しっかりと自分の考えを持ち、恐れず口に出してみると、新たなセクションにおいても従来と違った視点ということで、意外とすんなりと受けいれてもらえることが多々ありました。

昭和産業には幅広い事業領域があります。チャンスがあれば、製粉事業や糖質事業、管理部門での業務など、まだ経験がない業務にもチャレンジしてみたいですね


入社から18年間で、家庭用製品の営業からマーケティング担当、油脂部へと異動してきたので、まるで別の会社に転職したような気持ちになることもありました。そんな時に現状の課題などを同期に相談・共有することで、随分と問題点が整理でき、より前向きになれたように思います。私にとって同期はとても大切な存在です。

Career4 入社当時の自己紹介
庄山 真功

知識の共有を進め、後進の指導にあたる

最初の配属先だった船橋工場では、機器の修理を行いながら製造工程や機器の構造を学び、製造ラインや機器の新設、改善へと、担当領域を広げてきました。神戸工場に移ってからは、設備保全業務のほか、省エネ活動や設備予防保全など、他部門と連携をとりながら仕事を進めています。
課長やユニットリーダーの先輩方からは、仕事の進め方や考え方を学びました。その教えをもとに携わった大小さまざまな工事からは、技術力とマネジメント力を身に付けたように思います。仕事をする上で大切にしているのは関係部署とのコミュニケーションです。なるべくいろいろな現場の人たちと会話をし、情報を得ることが、自分にとって仕事をスムーズに行う秘訣なんです。新人にも現場に足を運んで、いろんな人たちと話してこいと送り出しています。
長年現場で働いてきたので、一通りの成功や失敗を経験してきました。これからその経験を後進の指導に生かしていければと思っています。一昔前であれば、「仕事は先輩の背中を見て盗むモノ」でしたが、いまは勉強会の開催やマニュアルの作成、計算式の共有など、ノウハウの見える化を進めています。また、経験を伝えることによって、優秀な人材を育てていければと思っています。

船橋工場や神戸工場で一緒に働いている同期とは、お互いに励まし合い、切磋琢磨しながら仕事をしています。工場内で同期会を開催すると、部門や職種の壁を越えた議論になることがあって、とても楽しく、刺激を受けます。工場の外にも同期がたくさんいるので、専門外の問題で困っても、いつでも相談できるという安心感があり、同期のありがたさを感じます。

入社当時の自己紹介
赤松 宏子

会社の発展に人材育成の面で貢献したい

人事部人事課に12年、人事部人材開発課で5年と、長年、労務や人事制度、採用や教育に携わっています。正直なところ入社当時は、自分がこれほど長く働き続けるとは思っていませんでした。私たちが入社する2年程前に男女雇用機会均等法が改正され、女性の社会進出を促す仕組み作りが本格化しはじめていましたが、まだまだ結婚や出産した女性は会社を辞めるのが一般的だったからです。
でも人事部に配属になり、女性のライフステージに関わる制度作りに携わるようになって、私自身の考えも徐々に変わっていきました。自分が関与した制度によって働き続ける女性が増えたり、採用や育成に関わった社員が活躍している姿を見て、仕事にやりがいを感じ、私も仕事を続けたいと思うようになりました。
これから取り組んでいきたいのは、グローバル人材の育成とダイバーシティマネジメントの推進です。昭和産業の海外進出を人材開発の面でサポートしていきたいですし、ダイバーシティマネジメントでは、育児や介護をしながら働いている方、高齢者、障がい者、外国人など、さまざまな立場の方々が生き生きと働ける環境を作りたいと思っています。

2008年に、退職した社員を再雇用する「カムバック制度」ができた時、すぐ頭に浮かんだのが、出産を機に会社を退職した同期の伊藤さんのことでした。また一緒に働くことができてとても嬉しく思っています。私にとって同期は、どんな時でも力になってくれる大事な存在。どんなに困難な状況に陥っても、同期がヒントやアドバイスをくれます。私にとって同期は本音で語り合えるとても大きな存在なんです。