ところ変われば揚げ物も変わる!?
個性豊かな世界のフリット巡り
日本に天ぷらの調理法が伝わったのは、室町時代(1336年~1573年)。鉄砲伝来とともに、南蛮渡来の料理としてポルトガルから伝わったといわれています。実は、野菜や魚などの素材に衣をつけて揚げた"天ぷら風の"料理(フリット)は世界各地で親しまれています。各国・郷土料理研究家として知られる青木ゆり子さんに、世界各地の個性的な天ぷらの仲間とそれらの料理がどのように広まっていったのかをお聞きしました。
ポルトガルの揚げ物「パタニスカス・デ・バカリャウ」
かき揚げの元祖といわれる、ポルトガルのパタニスカス。なかでもバカリャウ(干し鱈)を使った「パタニスカス・デ・バカリャウ」が有名です。塩抜きして戻した干し鱈と玉ねぎをイタリアンパセリや塩・コショウで味付けし、小麦粉と卵を混ぜた衣をつけて揚げます。他には、天ぷらの元祖といわれるモロッコいんげんのフリット「ぺイシーニョシュ・ダ・オルタ」もポピュラーです。
スペインの揚げ物「ペスカド・フリット」
「ペスカド・フリット」は魚の揚げ物。小麦粉の衣をつけて、オリーブオイルで揚げた料理は、当時スペインに住んでいたユダヤ人の安息日の食事として人気でした。「ペスカド・フリット」を酢漬けにしたのが「エスカベッシュ」で、日本には南蛮漬けとして伝わったといわれています。
フランスの揚げ物「ベニエ」
「ベニエ」には、フランス語で"揚げた生地"という意味があります。一般的には謝肉祭(カーニバル)の時などに食べるドーナツのような甘い揚げ菓子を指すことが多いのですが、日本の天ぷらのように野菜に小麦粉の衣をつけて揚げるものもあります。
ギリシャ・モロッコなどの揚げ物「メリザネス・ティガニテス」
ギリシャをはじめ、地中海沿岸地域でよく見られる日本のナスの天ぷらにそっくりのフリット。小麦粉の生地に塩・コショウで味付けをしたものをナスにまぶしてこんがりと揚げ、そのまま食べたり、「ザジキ」というヨーグルトのソースをかけて食べることもあります。
インドをはじめとする、南アジアの揚げ物「パコラ」
「パコラ」(またはパコダ、バジャ)は、野菜やフルーツ、肉や魚などを使った揚げ物料理。食材に塩・コショウをまぶし、小麦粉やベサン粉(ひよこ豆の粉)、スパイスを混ぜた生地に絡めて植物油で揚げたもの。
アメリカ合衆国(アメリカ南部)の揚げ物「フライド・グリーン・トマト」
アメリカ合衆国・南部の料理といわれる「フライド・グリーン・トマト」は、スライスした青いトマトに小麦粉をまぶし、卵と牛乳を混ぜた液にくぐらせ、コーンミールやパン粉(または小麦粉)などをつけて油で揚げたもの。19世紀にアメリカの北東部や中西部で出版されたレシピ本に初めて登場し、やがて南部料理として浸透しました。
中東からヨーロッパへ広まった"天ぷら"の原型
保存食、安息日の食事として形を変えながら浸透
室町時代にポルトガルから日本へ伝わったとされる天ぷら。伝統的な「和食」として、最近は外国人観光客からも圧倒的な人気がありますが、実は世界各国にも天ぷらと同様に、素材に小麦粉の衣などをつけて油で揚げた料理がたくさんあります。
この揚げ物のルーツとなる料理は一説には紀元前にペルシャで誕生したといわれています。「シクバージ」と呼ばれるその料理は、揚げ物ではなく"煮込み料理"だったようで、焼いた肉(主に牛肉)を酢で漬け込み、はちみつやナッツ、ドライフルーツなどで甘酸っぱく味付けした料理だったそう。
「シクバージ」はヨーロッパに向かう船乗りたちに保存食として親しまれ、次第に船上で手に入る食材でアレンジされていきました。その過程で13世紀頃にエジプト周辺で登場したのが「魚のシクバージ」。現在の「エスカベッシュ」の原型といわれており、小麦粉をまぶして油で揚げた魚に酢やはちみつ、スパイスを合わせた甘酸っぱいソースをかけたものでした。
「魚のシクバージ」のレシピは、その後、船乗りたちとともに地中海の港をつたって西へと広がり続け、やがてヨーロッパの西端にまで到達。さらに、名前と形を変えながら世界各地に広がっていくことになります。
現在では国によって様々なバリエーションがある「エスカベッシュ」。1500年代初めのスペインと
ポルトガルには「シクバージ」から派生した、揚げた魚に酢をかけて食べる料理がすでにあったそう
粉をつけて揚げるというスタイルには、魚の形が崩れにくいため見た目がきれいであるというメリットがありました。キリスト教徒の間ではクリスマスと復活祭の前に肉食がタブーとされる期間があり、そういった時期にもこの魚の揚げ物は重宝したそうです。
日本のかき揚げや関西のさつま揚げの元祖ともいわれる、ポルトガルの「パタニスカス・デ・バカリャウ」もその一つ。「バカリャウ」は、干し鱈のことで大航海時代華やかなりし頃から、船上の保存食として、またキリスト教徒の肉を食べない期間の食事にも利用されていました。
小魚を丸ごと揚げたスペインの「ペスカド・フリット」も同様で、こちらはスペインに住んでいたユダヤ人の安息日の食事として親しまれていました。スペイン・アンダルシア地方で今でも受け継がれている料理です。これを酢漬けにしたのが「エスカベッシュ」。日本には、南蛮漬けとして伝わりました。
日本の天ぷらに、より近い形の料理があるのがギリシャやモロッコなど地中海沿岸の国々。このエリアでよく見られる「メリザネス・ティガニテス」(ギリシャ語)は、オリーブオイルで揚げたナスのフリット。メゼと呼ばれる小皿の前菜料理には欠かせない一品です。
一方、フランスでは揚げドーナツのような「ベニエ」が有名です。一般的には、小麦粉の生地(フルーツやジャムを包むことも)を油で揚げて砂糖をかけたお菓子、またはスナックとして知られていますが、ジャガイモやズッキーニなどの野菜に衣をまとわせて揚げるものもあるのだとか。
また、インド圏では「パコラ」(パコダ、バジャとも呼ばれている)という揚げ物がよく食べられています。スパイスが効いたオリエンタルな風味がインドらしい一品です。
ちなみに、バナナやマンゴーなどの甘いフルーツを使った「パコラ」は、イスラム教徒がラマダン月の断食の際に夜の食事として好んで食べているそう。揚げ物も、国や文化によって使う食材も味付けも大きな違いがあるのです。
北アメリカ大陸では、南部で伝統的な揚げ物がよく見られます。映画の題材にもなった「フライド・グリーン・トマト」は、実は19世紀にアメリカの北東部や中西部で出版されたレシピ本で紹介されたメニュー。もともと南部にはなかった料理ですが徐々に広まり、現在は南部の伝統食とされています。コーシャ(ユダヤ教の食戒律)に則った調理をしやすいことから、ユダヤ系移民に好まれ、のちに出版されたユダヤ料理のレシピ本にも掲載されています。衣にコーンミールを使うのがアメリカ南部らしいところです。
各国の食文化によって多彩な形で親しまれてきた揚げ物料理。南蛮料理の一つだと思っていた天ぷらも、さらにそのルーツをたどると、長い変遷を経て進化してきた料理だと分かります。海外を旅する機会があったら、このような天ぷらのルーツを現地の食で楽しんでみてはいかがでしょうか。
※ 様々な習慣・習俗があるため、現在はこの限りではありません
お話を伺ったのは
青木 ゆり子さん
世界の料理
総合情報サイトe-food.jp代表。各国・郷土料理研究家。各国地域の人々に長く愛されてきた郷土料理の魅力を広め、食で日本と世界を相互につなぎ、失われつつある地方色あふれる伝統料理を広めるため活動。共書に『しらべよう!
世界の料理』全7巻(ポプラ社)、著書に『日本の洋食~洋食から紐解く日本の歴史と文化』(ミネルヴァ書房)がある。